師匠、弟子、新弟子という繋がりも味わうともっと面白い@志らくのピン古典落語編(2009年3月2日、内幸町ホール)


月曜日は「志らくのピン」でした。志らくさんは、家元・談志の話をよくします。談春さんも、談笑さんも、志の輔さんも、します。ぼくはまだ、家元をほとんど知らないのですが、個性的でとても名の通った噺家だから、観客の多くに通じるだろう、喜ぶだろうということで話によく登場するのだろうなぁと思ってました。でも、そういうことじゃないのかも…と思うようになってきました。


落語の後の"反省会(笑)"仲間から貸してもらった「師匠噺」を読み終えました。ほとんどの場合は親でも兄弟でもない、それまで会ったことも無い、師匠と弟子。伝承と、そして新たな創造で連なっていく関係。何組ものそんな関係が弟子へのインタビューという形式で束ねられていました。弟子は師匠に魅かれ憧れて、門を叩く。師匠のようになることを目指し、仕草から考え方から一緒になろうとし、挫折し、自分の形になっていく。弟子の口から師匠のことがよく出てくるのは、そんなこともあるんじゃないか、と。


さて、この日の落語は「子ほめ」「二番煎じ」ときて、仲入り後に「浜野矩随」。馬鹿馬鹿しくナンセンスな笑いを中心とした短編を二つ、主人公の人物解釈などを見直して描き直した中編が一つ、という構成。ご隠居さんとの掛け合いに、なぜか身をモジモジさせて「捨てないで〜」から、懐しい「ナベサダ」まで登場しながら驀進する「子ほめ」のハッつぁん。留まるところを知らず、ご隠居から赤の他人、番頭さんから赤ちゃんと相手を変えながら前へ前へと進むのみ。その勢いは「二番煎じ」の夜回りの町内凸凹グループにも引き継がれ、前半二席は「これでいいのだ!」という世界が会場に拡がりました。
名人と呼ばれた父の後を継いだがさっぱりと評判の息子・矩随がどうやって世に出たかを描いたトリの一席。志らくさんは、母親の命がけの思いとそれに応えた息子という軸は保ちながらも、元々父親とは違う"異才"を持っており、それを世間が受け入れていなかっただけ…としました。三日三晩根を詰めれば凡才が名人になれるのか?という視点は、師匠から弟子へという道を体験してきたが故の疑問であり、発想なのではないか…と推察します。そんな切り口が湿りがちなこの噺に、新しい風を吹かせてくれたように感じます。そしてそんな中にも、店の小僧が思わず笑ってしまう空気を醸す役として挟み込まれ、それが清涼剤のように。


このところ志らくさんの話全般でそう感じるようになったんですが、このお方ならではの"とンだ"発想と、足を地に着けた"小さなしこりを解消"する解釈という二本の柱。これが自分が魅かれ、通っている理由なのではないかと思うんです。そのさじ加減というか、まさに"いい加減"が、すっと入ってくるのだな〜と。


年月を越えて"伝承"されてゆく芸能・芸術。歌舞伎や文楽などはそういう部類だと思いますし、オペラやバレエなどもそういえるのかもしれません。でも、誰でも自由に好きな演目をできるということはではないです。解釈や振り付けに"著作権"みたいな物がある場合や、当然一定以上の技能がないと全うできなかったり。そこへいくと、前座も大ベテランの師匠でも、立川流であろうと三遊亭であろうと、同じ演目を選択することが出きる落語って、随分特殊な芸能なのかもしれません。その理由は、「話す芸」であり「自分一人でどこでもできる」というとても珍しい芸能であるということなのではないかと思います。それだけに、舞台設定から衣装のデザイン、シナリオ、照明までをひとりでこなすということに等しい訳で、そんなところに"伝承"の真骨頂があり、そこに話者の色が加わり味になるのではないかな、と今は思っています。そしてそれはまた新たな弟子に連なっていく。。。


終演後、志らくさんの新刊「雨ン中の、らくだ」サイン会に並んできました。お疲れのところ…と思いながらも、単純にうれしいです。ありがとうございました。早速読みはじめると、これまた弟子と師匠のあれこれが、いい乾き具合で綴られています。落語の演目をあまりしらない自分でも、ワクワクしながらページをめくる…から、終わるのがもったいなくて一度に読むのは二章までとしております(笑)。今回は、二冊の本のおかげでいつもにも増して楽しんで、余韻も含めてあれこれ思いを馳せた会となりました。


師匠噺

師匠噺

 
雨ン中の、らくだ

雨ン中の、らくだ