あちらとこちらの接点のカタチ


間隔が空いてしまってますが旅に行ってるわけではありません。三月ほどではありませんが落語も行ってます(それも書きたい!)。あれこれあるやりたいことのために、どう時間をやりくりするか,作るかで試行錯誤。ブログも、メモを取って、下書きらしきものを書いて、翌日ぐらいに見直してアップするということをしていたんですが、それだけの時間をかけずに続けるには、どうするかを悩んでいる最中。。。ですが、今回は直接書いてみてます。

ほめられサロン

かなりいろんなところに取り上げられてますね〜。いやぁ、でも自分でやったあとは、確かに、誰かに伝えたくなります。気持ちのコリをとるマッサージ(…いや、マッサージの経験はないんですけどね)。どうして今までなかったんでしょうね。ひとり画面に向かってにんまりしちゃいます、これ。あ、職業は"その他"じゃない方がより具体的になっていい感じ。それから、ひとりの環境でするよりも、周りにいろいろ人がいるところでコソコソみる方がなんとなく気分が出るような(笑)。
でもって、ほのぼの系のゲームや占いとは別の部位がにんまりしてる気がします。まだの方はぜひご覧あれ〜!それにしても、なぜ。なぜに、にんまりしちゃうのでありましょうや? 相手もおらず、それこそただ言葉だけなのに。でもこういうものを体験すると、キャッチコピーって大事だよなぁって思いますわい。自己紹介とか、挨拶とかも気になります。そんなこと気にしすぎちゃうと、ブログなんて書けなくなっちゃいますけどね(笑)。

ハラハチブンメー

昨年、突然亡くなられてしまった緒形拳さんの公式サイトです。今月末で閉鎖なのだそうです。ドラマは苦手ですし、映画も見ないですし、あ、プラネットアースは観てましたっけ。でもやっぱり"知っている"という程度に変わりはないのですけれど、ここでブログを眺めているとじんわりしてしまうのはなぜなんでしょうねぇ。。。淡々とした短い文章と柔らかい表情の緒方さんの写真というシンプルな構成も要因の一つだとは思いますけど、この世にもういらっしゃらない方の”これまでの時間”に、こんなふうにあとから接することが出来てしまうんですよねぇ。「あっちの世界」と"あちらの世界"が、オーバーラップしてる気がしてきます。
このサイトは管理人さんがいらっしゃいますが、個人でやっているサイトやブログは、もしも!の後どうなるんでしょうねぇ。はたまた、当人のことはもちろん、ブログが更新されていた時のことをまったく知らない読者が、何年も経ってからそのサイトを眺めるというのはどんな感覚なんでしょう?今までの、本みたいなものなのかなぁ。あれこれそんなことまで考えが飛んでいってしまいます。
あと一週間もすると、そんな蓄積と接点を保つことも出来なくなっちゃうというのは、変な言い方なんですけれど、ほんとにお別れなんだなぁなんて気持ちになってきます。浸っていっちゃいます。
会葬するのとはまた違うのだとは想像しますけれど、サイトをみている各人がめいめいに、でも同じ瞬間にさよならを送る時が、今は(これからはもっと)あまり珍しいことではなく、あるんですねぇ。